蒼夏の螺旋 “光風春颯(はるはやて)
 



 三月も半ば、さぁさ明日は“ホワイトデー”だ。一ヶ月ほど前に催された、これとは対になってる某イベントに比べると、あんまりパッとした話題には上らないような気がするのは、まだまだ認知度が低いからか、それとも…貰ったからそれへの“お返し”という形でしか把握していないクチが大半であり、貰ってないから自分には関係ないやという男衆もまた断然多いからだろうか。………愛情の一極集中って罪だなぁ。
(苦笑)
“しかも、会社で旦那様が貰ったのへの“お返し”っていうのはサ、奥さんが揃えたりするんだしね。”
 妻帯者へと贈られた、不埒で不届きで不敵な“本命チョコ”を巡るような、物騒な話はともかくとして。
おいおい 必ずしも そうだと決まっているものではないながら、でもだって、気が利かない男だと思われたらヤダなとか思っちゃうから つい。職場の女の子たちが連名でくれたんだよなんていう“義理チョコ”へのお返し、こちらからもやっぱりトリュフチョコの詰め合わせとか、ちょっとお洒落な和菓子やプチケーキのセットなんかを人数分、はい持ってってねと当日の朝に渡したりするのが、ロロノアさんチでも一昨年からの習慣になっていたりする。
『そんな風な“お返し”なんてしなくても、気を悪くするような子はいないぞ。』
 面倒だからか そんな言いようをしていたのへ、
『チョコのお礼だよ、お茶の時間に皆で食べてねって、一番席の近い子とかに まんま渡せばいいだけでしょ?』
 力技っぽく言ってのけ、ほらほら遅刻するよと追い立てて。それが例年の当たり前の行事になりつつある。
“だってやっぱりさ…。”
 気が利く人だと思われるようにとか何とかっていうのはね、実は二番目の理由なの。奥さんがいる訳じゃないのに周到なのって、確かに妙で。ましてやどこか取っつきにくそうな、男臭いばかりのゾロが…だなんて、女の子たちには不思議なことだったろうから、あのね?
『ロロノアさん、これってご自分で買いに行かれたんですか?』
 最初の年にそうと訊かれたのへ、
『同居してる子が気を回してな、買っといてくれたんだ。』
 そんな言い方をしたらしく………。最初にそれを聞いた時はサ、
『…何だよ、それ。』
 そりゃあ“妻が”とは言えなかったんだろうけど(実際違うし)、余計なことをしてくれてサって言い方みたいで、何だかムッとしたルフィだったのだけれど。

  『その子ってお小さいんですか?』
  『こんなことへ気がつくくらいだから、年頃の女の子とか?』
  『え〜、それはないでしょ?』
  『いくら親戚でも、男の人の一人住まいへの同居だなんて。』
  『きっと“お年頃な男の子”ですよね?』

 お姉様たちが当たらずとも遠からじなところを言い当ててくれて………そうしてそれからはネ? ほんのほんの“時たま”にあった、企画候補への“視察”と銘打ってる割に一対一だという、何だか妙なお食事だの観劇だのへのお誘いでゾロが遅くなるというのがピタッと止んだので、

  『成程な、気を回すと ちゃんと良いことがある。』

   ――― だから…それを旦那様の方が言いますかい。
(苦笑)

 実はロロノアさんには内緒のカノジョがいて、ちゃんと“お返し”しなきゃダメよと尻を叩かれたんだ説を推す派と、実は亡くなったお兄さんかお姉さんの子供を預かっていて、その子が独立するまでは自分の恋愛どころじゃないのよ、きっとそう…と、何で勝手に断言するやら
(笑)妙にリアルな設定を追っ立ててくれた派とが、壮絶な鍔ぜり合いをした結果として。あの、敏腕だけれど鈍感なお兄さんへの抜け駆けはご法度という不文律が、それとなく部署の中にて立ち上がったのだとか。

  “…って話を、部外者なのにどういう経路から調べてしまえるんだろうね。”

 今年は月曜が“当日”で、でもって…日曜だってのにお仕事でお出掛けの旦那様なのを良いことに。お気に入りのスィーツのお店がある、3つほどお隣駅のQ街ショッピングモールへと足を運んでいたルフィ奥様。今年は暖かいのかな、だったらチョコよりフルーツ・プチ・タルトの方が良いかなぁなどと、デパ地下の“ホワイトデイ・コーナー”を見て回っている真っ最中。
“ホンっトにゾロってば自覚ってもんがないんだから。”
 女房が やきもきするほど モテやせず なんて川柳があるような、ごくごく普通の野暮ったいお兄さんだったなら、全然全く問題はない。仕事へは敏腕だけれど、周囲へは気が利かなくて、何より見栄えは今イチとかね。愛想はいいけど八方美人で、いざって時には頼りにならない軽薄さんだとか。そんな風にどこかが決定的に足りないのが普通だってのにね。
“ゾロはそういう中途半端じゃないから問題なのにサ。”
 海外ブランドのスーツにだって“着られて”いない、そりゃあ がっつりと雄々しい肩や背中の頼もしさ。今時には稀なくらいに屈強精悍な体躯で、なのに、機敏な所作が何とも颯爽としていて切れがあり。態度の方でも仕事熱心で凛然としていて、鋭角的な風貌が何とも男らしくてついつい人目を引いてやまなくて。しかもしかも極めつけに寡欲であるらしく、何につけ物欲しそうなところなぞ全然ない…と来ては。
“あれほどの人って、まずは居ないもんねvv
 自慢の旦那様だからこそ、他の人から見てもまた魅力的に違いなく。そうだよ、素敵だからこそ心配しなくちゃいけないんじゃないかと。何となく不安だった同居生活がやっと落ち着いて、一番最初にハッとしたのがその点で。そうだよ、あんなカッコいい人がフリーでいるなんて、大変なことじゃないか。これまでずっと“男女交際”に関心がなかったのは事実だろけど、それって免疫がないってことでもある訳で。遊び上手な手練れにかかれば…あっと言う間に堕とされちゃうかも? あなたのせいよと詰め寄られたなら、覚えがないことにだって責任取りたがりそうなゾロなのに
おいおい、どうしようかと気を揉んでいたら、
『…しょうがないな。』
 ある意味で不本意だが、ルフィが困る様子は見たくないからなと。こうしてご覧という策を授けてくれたのが…日本からは遠く離れたお空の下にいる、あの金髪のお兄さんだというから穿っている。

  ――― さりげなく“女の影”をちらつかせればいいんだよ。

 実はもう決まった人がちゃんと居る、そりゃあ気を回してくれてこっちからも無頓着なくらいに何もかも任せてるような人がネ…って方向へ。そうと言われて、頑張ってお弁当を作ってみたり、バレンタインデーのお返しっていうのも持たせたところが…大成功vv 先に並べたような憶測の数々が、本人も及び知らないところで吹き荒れたその後で、現在の安寧を招いているという顛末の一部始終を、当然のことながら…何も知らないゾロ本人からではなく、やっぱりサンジさんから聞いたルフィであり、
“まあ…女の人がいるって方向まで持ってくのはなかなか無理な相談だったけど。”
 最初からそうそう器用にあれこれ出来た訳じゃあないからネ、いかにも不器用そうなメニューだらけのお弁当とか、ナナメにあてられたハンカチのアイロンがけとか、それからそれから、ゾロ本人の馬鹿正直でやっぱり不器用な誤魔化し方から…同居している親戚の子への気遣いって方向の話も出て来ちゃったんだろうな。でもまあ、それへと対してでも遠慮をしてくれたのなら“ま・いっか”と、やきもきしないで済んでることへ満足している奥様で。
“………うんっ。やっぱり、これにしよっとvv
 パティシェ特選スィーツパック、一口サイズのプチケーキセット。季節のフルーツをゼリーがけで薄いスポンジケーキの台にセットした、それはカラフルで愛らしいのが10個入ったセットを2つ。それで十分足りる筈だし、贈答用ってことでリキュールとか染ませて保
つようにって工夫もされてるみたいだし。これならいいかと やっと決定、ガラスケースの向こうでにこにこと笑っているお姉さんへ“下さいなvv”と声をかけた奥方で。

  「可愛い子よねぇvv
  「時々見かけるわよね。」
  「お誕生会でもするのかしら。」
  「今時分ですもの、卒業式の後のお別れ会かもよ?」
  「それか、今日から春休みだぞ〜っていう打ち上げとかね。」

 卒業がらみって…高校生? え? この春に高校生じゃないの? などなどと、結構噂になってる自分のこと、ご本人は全く知らなかったりし。旦那様のことを…朴念仁とか不用心とか危なっかしいとか、色々と偉そうには言えない、こちらも無頓着な男の子だったりするのでございます。
(苦笑)







            ◇



 さてとて…日曜が明けてとうとう当日がやって来て。ケーキの包みを持たせて“多少なら傾けても大丈夫だけど、潰されないでね”と念を押し、玄関までをついてった小さな奥方へ、
「ルフィ。」
 靴べらを返しつつ、背の高い旦那様が振り返り、
「こういうの、もう良いからな。」
 柄じゃあないし面倒だしと、去年と同様、言い諭そうとしたけれど、
「何言ってんの。」
 だったら次からは貰って来ないでよね…と言いたかったの、何とかグッと飲み込んで、
「ただのイベント、季節のお遊びじゃん♪」
 殊更ににっこし笑ったら、あのね。しょうがないなって小さく小さく苦笑ったご亭主、奥様の丸ぁるいおでこを 骨太な指を伸ばして ちょいちょいって軽くつついてから、

  「今日は早く上がるから。」
  「うんvv
  「いつもの洋食屋さん、予約しといたぞ?」
  「…あvv

 特別な時にだけ食べに行くようになった、駅の近くの洋食屋さん。小さなお店だけど、そりゃあ美味しい煮込み料理やドリアのセットを出してくれる、あっと言う間に大好きなところになっちゃった洋食屋さん。ルフィが今日のケーキを物色していた間にね、ゾロの方でも考えといてくれたらしい。しかも、

  「こっちは“ただのイベント”とか、季節のお遊びとかじゃないからな。」

 良いか? 日頃こういうことをしなくなっちまった人間がするんだから、別物なんだからなと。空いてる方の腕をするりと細腰へと差し伸べ、愛しい痩躯を懐ろへと引き寄せて。甘い匂いのする髪に鼻先を差し入れ、ムキになって念を押すところが、本人は大真面目なんだろうけれど…子供みたいで可愛いかも。さすがに多少は照れたのか、顔を離して…ちょっぴり泳いだ涼しげな目許。それを間近から見つめ返した奥方は、筆者ほどにも深読みなんかしないまま。
“うやぁ〜〜〜vv ///////
 スーツの匂いに混ざって届くのは、いかにも男臭いゾロ本人の匂い。もうコートは要らないって、それでも薄手のスプリングコートを肩に掛けてる彼の。スーツの胸元、内側から力強くシャツを押し出してるような雄々しさに頬を寄せれば、頼もしさにドキドキして…知らず頬っぺが赤くなる。
「ルフィ?」
「うんっvv 判ってるvv
 お遊びじゃないんでしょ? 満面の笑みにて そりゃあ良いお返事を素直に返したルフィ。そのまま お顔の前で“いってらっしゃいvv”と、嬉しそうに手を振る仕草も愛らしくって。
「…行ってくる。」
 あ………。ご亭主、さては見とれたな?
“うっせぇよっ。”
 あやあや、睨まれてしまいました。
(笑) 耳の先が仄かに赤いまま、それじゃあとぎこちなくドアの向こうへ出てった旦那様を見送って。いつの間にか自分の胸元へと引き寄せてた小さな拳を見下ろした奥方もまた、ほうっと細い息をつく。

  “日頃こういうことをしなくなっちまった人間がするんだから、か。”

 そういえば…このところ頓
とみに忙しくなったゾロだから、外で待ち合わせての食事とかって機会は減ったかな? でもでも、毎日々々一直線で家まで帰って来る、相変わらずに“伝書鳩”なゾロだからね、そんなの全然 気がつかなかったの。一緒にいられるだけで幸せなのにね。息せき切って帰って来て、ルフィのお顔を見て嬉しそうに“ただいま”って言ってくれる。待っててくれてありがとう、戻って来たよって、それは嬉しそうに帰って来てくれる。それだけでルフィも十分に嬉しいのにねって。そうと思って、それからね。

  “………そうだよね。”

 それだけで幸せなのならば、余計な画策なんて巡らせちゃあいけない。来年はもう、わざとらしい“お返し”は辞めとこうかな。自分はまだホワイトデイのお返しされてないのにね、それはそれは嬉しくなっちゃって“うふふん”と口許がほころんで止まらない。今日一日はずっとこの調子かもな、相も変わらず可愛らしい奥方でございますvv


  ――― 幸せな白い一日を、
       どうかどうか暖かな思いのままに過ごせますように。




  〜Fine〜  05.3.09.〜3.10.


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     ひゃっくり様 『“蒼夏の螺旋”の設定で ホワイトデーのお話』


  *そのまんま当日の実況中継やんか…という出来になってしまいましたです。
   …おかしいなぁ。
   もうちょっと、べったべたに甘いお話をと目論んでた筈なのに。
   今もお忙しいことと思われます ひゃっくり様、
   こんなお話でも休憩のお茶受けになればいいのですが…。

ご感想などはこちらへvv**

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